#コナーズ 空前絶後のテニスプレイヤー
テニス史上で最も個性的なプレイヤーは誰か?Jコナーズで異論はないだろう。
彼の活躍した70年代の前にも、80年代の後にも、現代に至るまで似たタイプのプレイヤーはいない。
その特長はベースラインからの強打だ。
当時もフォアハンドを強打する者は多くいたがコナーズはそれを打ち続ける事が出来た最初のプレイヤーだ。打ち続けるとはミスしないという事を意味する。
また、両手打ちのバックハンドの方がスピード、安定でフォアハンドを勝る。こんな一流プレイヤーは後にも先にもコナーズ以外いない。
連続強打にもかかわらずミスが少ない事がコナーズのテニスの特長で、球種はトップをフラットで叩く事が中心だが、来たボールにあわせて起用にドライブやスライスをかける。スピン量はすくなくドライブもスライスもフラット並のスピードで何より深くベースラインに突き刺さる。そして相手を崩したと見るやアプローチを打った後のようにスルスルとネットに詰めてパンチボレーを決める。
つまり強打を無理なく繊細に打ち分ける天才だったのだ。
他にもコナーズのテニスは他の選手と違う点多い。得意のストロークがフラット中心にもかかわらず安定してかつ、威力があるのは、サイドスピンを打点の高さによって上手く使いわけているためでスピードと深さを犠牲にせずフラット系のボールを気持ち良く強打できた。ボレーも同じで両手打ちバックハンドもフォアのパンチボレーもストロークの延長のように力強くかつスムーズに打てる。
左右のストローク、アプローチ、ボレーまですべて同じ打ち方で行うこれがミスが少ない理由でリターンも同様である。
唯一弱点があるとすればサービスかもしれない。グランドスラム三冠の74年当時にはそれでも平均より見劣りするようなスピードでは全くなかった。むしろ良く切れて滑っている。その後年々大きな弧を描くスピンサーブに変化していった。ボルグのサーブが年々スピードを増し相対的にサーブの良いプレーヤーとなっていったのと対象的である。
これはどう理解すべき事か?ひとつは時代がコートサーフェスの変化のピークだったからだろう。左利きのコナーズは芝生のコートではスライスサーブが有効であったが、ボールの切れよりもスピードやはずむスピンが有効なハードコートが多くなりボルクはスピードをコナーズはスピンを選んだ。この事がそれぞれウィンブルドンと全米での優位を決定したのかもしれない。
コナーズは間違いなくテニスをハードなスポーツに変えたプレーヤーで当時は全てのショットが平均以上でかつ両手打ちバックハンドがずば抜けていた。しかし自らの作ったハードテニスの時代はラケットの進化と共に徐々にコナーズのスピードを平均的なものにしてしまいサーブやスピンの少ないフォアハンドは弱点とさえ見られた。普通ならそこでランクを下げてしまう。実際にボルクはその新しい波を感じてかトップスピンの技術が一般化し木製のラケットが姿を消す時に26歳の若さで引退を決めた。
コナーズは対照的に40歳近く迄活躍をみせ悪役から絶大な人気のレジェンドに変わっていく。力で叩きのめすプレースタイルから、相手の力を利用して切り返す組み立てで勝負するプレースタイルに変わり、押されていたのを最後に一発逆転する様な観客をシビレさせるテニスをした。矛盾する様だが、コナーズのテニスは晩年まで大きな変化はなく、対戦相手のテニスが大きく変化していったので戦い方が変わったのである。フラット&高速スライスのストロークは稀有の存在で対戦相手、特に増加したトップスピナー達を最後まで苦しめた。
コナーズは変わらず、対戦相手のプレースタイル、コート、ラケットが変化していった。年代毎のビデオを観てテニスの歴史が判るほどである。