#アガシ 現代テニス文化はアガシから②アガシ登場

1986年アガシがデビューする。
 それまでのテニスプレーヤーとは何か違っていた。長髪、ジーンズのパンツ、パイレーツスタイル、ピアス、スキンヘッド、それまで女性的なイメージが拭えなかったテニスプレーヤーをやんちゃなイメージに大きく変えた。セレブな女優と堂々と付き合い女王グラフとも結婚してしまうまさにスターだった。

 だが世界中のキッズを"リトルアガシ"に育てたのはその引っ叩くプレースタイルの魅力だった。ボルグが現れた時は異端でプレースタイルが市民権を得るまで時間を要したし、コナーズにいたっては彼以後に同様なスタイルは現れなかった。

 アガシの場合は違った。ほとんどの人が

はじめて彼のテニスを見た時に彼の成功だけでなく、テニスのスタイルの進化を確信することができた。ボルグ→ビランデル→レンドルと進化したトップスピンストロークをつなぎではなく、ライジング気味に高い打点で引っ叩く。観ても真似ても気持ちの良いテニスがこの時代にうまれた。

 さらにアガシのテニスには細部も洗練されていた。ダブルのバックハンドでも強打するが、厳しい球を拾う際は柔軟にシングルハンドのスライスでかわす。また、ビランデルやレンドルがキャリアを重ねるほどスライスのバックハンドが増えてマイルドになったのとは逆に年々フォアハンドは厚いあたりになり、まわりこんで撃つことが多くなった、現代の主流のスタイルの元祖と言える。

 サーブは合理的で、デュースコートからはスライスサーブ。アドコートからは大きくバック側にキックするスピンサーブを共にファーストから打ちわけた。このシンプルでわかりやすく効果のあるサーブの組立も世界中の若者たちが真似た。

 またベースラインプレーヤーだが、球が速くリターンも強力で安定しているためアガシのスタイルはダブルスでも意外と通用した点も真似る者が多かっ所以である。

 10代で華々しくデビューしたアガシだが全米オープンの大舞台でその後の彼を変えるひとコマに接する。アメリカテニスそのもののコナーズ相手の試合でのことだった。敗戦が濃厚になったコナーズのサービス前に野次が飛ぶ「あんたは伝説、あいつはガギだ!」苦笑いしたコナーズは野次のでた方にボールを打ち込む。主審が観客に静かにと促すが「ここはウィンブルドンじゃないぞ!」コナーズは叫び観客を魅了する。アガシはこの試合に勝つが、遠くコナーズに及ばない事を思い知る。

 その後、アガシはコナーズと同じグランドスラム8回の優勝を果たしオリンピック金メダルまで獲得する。キャリア晩年、あの時のコナーズの様な年齢で全米オープン決勝に進み"ガギ"も伝説となりやっとコナーズと並ぶ事ができた。相手はその後やはり伝説となるフェデラーだった。